Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://bgmuski.blog91.fc2.com/tb.php/189-bd5db602

トラックバック

コメント

[C1727] authentic hermes handbags

hermes ihr paket befindet sich in der zustellung 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C1983] hermes red

hermes outlet nyc 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C2563] hermes bags sverige

hermes bags birkin ghillies 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3062] christian louboutin red bottom shoes

charles louboutin shoes sale 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3407] hermes handbags 2014

hermes belt for sale malaysia 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3587] hermes wallet

pictures of authentic hermes bags 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3968] hermes dauer

hermes bags buy my car 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

日特の歴史

6220a1909fa09d06413a1210_L__SL500_AA300_.jpg

建機の歴史も研究しているので、気になる本があれば予算の許す限り購入するようにしています。

そりゃ、ハズレを引くことも多々あります。けれども、知らない情報が例え1行でも載っていれば収穫は大きいと思います。


今回は、日本特殊鋼の紹介です。

ビジネス向けで経営の尾花氏が中心でした。一応、建機の話題も申し訳程度ですが載っていましたので紹介します。


出典:存亡―ある名門企業・日本特殊鋼60年の光と影

(2)米軍からの受注



 昭和21年に入ると、偶然の機会から進駐軍の土木機械グレーダー用カッテングエッジの受注が始まった。これは沖縄を占領した米軍が珊瑚礁海岸を整地するとき、エッジの刃が1週間で400枚も消耗するので、そのための補給品である。
早速、戦時中本館屋上に敷いてあった鋼板を下ろして切断、2,000tプレスで曲げ、10台余りのブレーナーで羽付けして出荷したところ、刃の切れ味と耐久性が素晴らしく、特命で大量の受注となった。

(中略)


これが、米極東軍手持ちのブルドーザー約7,000台の補給品供給、
修理の業務につながる端緒となったものである。

 このグレーダー関係の発注は当時の米軍横浜技術廠(YOKOHAMA ENGR DEPO 略称YED)で行われたが絶対の信頼を得て、昭和23年1月には重車両部品製造工場として指定された。
一方、米軍ブルドーザーの補給部品は船舶不足の関係で本国から輸送できず、現地調達を必要とし、日本の工業力を利用することとなって、キャタピラー社に図面提供を申し入れたが拒絶された。
そこで、軍はやむなく独自に図面を制作するため同部品の壊れたもの、磨減したものを日特に持ち込み、復元図面を作成するように依頼してきた。

 日特では技術的判断のもとに復元図面を作り、嵌合部分は米軍の規格から割り出して寸法を決め、材質の分析成分を記入し
熱処理温度から焼入れ工程、浸炭深さ、高周波焼入れのサイクルの推定までおこなって製造図面を作った。

(中略)


 いわば米軍の給与でキャタピラー社の秘密技術を修得し、合わせてブルドーザー製造のノウハウを備蓄することができたことになり、後年の日特でのブルドーザー製造に大いに役立ったのである。

(P.219~P.220)





鉄鋼メーカーがそれなりのシェアを誇るブルドーザーを作れた理由は、ここにあったんですね。





 ここで、製造部門のその後についてふれることとする。

 日特のブルドーザー製造への進出は、これまた、偶然のきっかけから始まった。

 神奈川県相模原市淵野辺にある小倉製鋼所株式会社(戦前の浅野重工業)は戦時中スクレーパー牽引用10トン牽引車を製作した実績をもつ。
戦後になると農林省の依頼を受けて開墾用大型トラクターの製造に進出して、
農林省および地方自治体に納入していた。ところが、昭和25年になって米軍の仕事を断ったという理由で、
同社淵野工場が米軍に接収されることとなった。事態の収拾と善後策のため、農林省および建設省は、
米軍重車両部品製造に経験を持つ日特に目をつけ、
KTF型ブルドーザーの製造とアフターサービスを引き受けるよう斡旋してきた。

 
日特はこの話を受け入れ、小倉製鋼からブルドーザーの製造権および職工員を譲り受け、農林省、建設省には部品補給に責任を持つことを約束して、ブルドーザーの製作をおこなうこととなった。

 昭和27年3月、日特1号のNTK-7型13トンブルドーザーの生産に入り、つづいて小型トラクターの生産を開始、
この年の夏、4トン級のトラクターとしてNTK-4型が生まれたのである。その後、6トン級ブルドーザーを始め、レーキドーザー、バックホードーザー、溝堀トレンチャー等を製造し、特に湿地用ブルドーザー用三角履板を発明し、
特許(昭和29年9月20日出願、37年8月6日:特許番号299965)を得たため、この分野での地位を確立することになった。

(P.251~262)



偶然というか、かなり政治的な背景があるように思えます。さすが、零戦の20mm機関砲を作っていた会社だけあって戦後も政財界には顔が利いたのでしょう。


日特金属工業発足当時の概要

日特社内報「みつぼし」(昭和32年9月20日号)では以下のように語られている。




(前略)


『ブルドーザーの生産は34年下期に大型10台、小型20台に持っていく予定だ。それに田無にはしっかりした鋳造部門があることもブルの生産には心強い条件だ。また、かつて世界の水準を行きこれまで温存されてきた兵器技術が受け継がれているのも大きなプラスだ』

 同社はかつて日特製作部時代に開発したブルドーザーほか、新規に国鉄用の道床交換用スイープドーザー、バラストドーザー、農業用バケットドーザー、製紙工場用のチップドーザー、TBR式ローダー除雪装置、絶対水平面造成用コントロール式レベリングメーター等の開発を行い、さらに従来の兵器生産技術を生かして、精密鍛造ブレード、ブラウン管用・プラスチック用精密金型、平面軸受や耐熱耐酸鋳物等の面にも活躍することになった。

(P.264~265)


なかなか興味深い機械が登場しました。国鉄に納入された機械は、国鉄発行の「保線機械云々」という要覧のような本には出ていると思います。
関連記事
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://bgmuski.blog91.fc2.com/tb.php/189-bd5db602

トラックバック

コメント

[C1727] authentic hermes handbags

hermes ihr paket befindet sich in der zustellung 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C1983] hermes red

hermes outlet nyc 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C2563] hermes bags sverige

hermes bags birkin ghillies 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3062] christian louboutin red bottom shoes

charles louboutin shoes sale 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3407] hermes handbags 2014

hermes belt for sale malaysia 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3587] hermes wallet

pictures of authentic hermes bags 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

[C3968] hermes dauer

hermes bags buy my car 土木機械写真貼 別館 |日特の歴史

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

Big Muski

Author:Big Muski
土木機械写真貼はサーバトラブルで消滅しました。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。