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進駐軍万能時代(昭和36年03月)


写真1 日特鋼蒲田工場前広場で試運転するNTK7型13トンブル


日特のブルドーザの歴史を語るには終戦後の混乱期の日特製作部から書き始めなければならない。

戦時中、日特の機械部門は非常に高い技術水準を持っていた工場であった。終戦直後は日本中の工場が仕事らしい仕事もなく、製鋼部も正に火の消えた様な有様であり、製作部も手持ちの材料でフライパンや支那鍋、鍬や鎌まで作って、その日暮しの苦しい生活を送ったものである。

この頃、米軍の工兵部隊のデポが鶴見にあり、ツトした縁故で出入りするようになり、初めてグレーダーのカッティングエッジと言う道路を削る刃の注文をとることに成功した。
当時、グレーダーなどと言うものを見たこともなかったので、米軍将校の紹介でわざわざ大手町の工兵部隊の車庫まで出掛けて見せてもらったり、今から考えれば滑稽な話であるが、当時は大量の注文が取れるかどうかの境目なので本当に真剣であった。

その頃、日特の大森工場の本館や研究所の屋上には爆弾除けのため13ミリの防弾鋼板が敷き詰めてあった。なんと幸なことに厚さはピッタリ利用できるので早速酸素で切断、大急ぎでハタキ付けと称する金型を作り、バーナーで熱しながらハンマーで打って京都のお菓子の「八ツ橋」のような形に作り端部をプレーナーで削りボルト孔を明けて進駐軍に持ち込んだものである。

当時、米軍は物凄い勢いで日本中の道路や飛行場を整備しており、1週間で400枚磨耗して仕舞うと言っていた。日本製1号カッティングエッジは直ちに沖縄へ送られたところ、その耐久性の素晴らしいのに米軍は目を見張った。沖縄の珊瑚礁の道路では米軍製の炭素鋼のエッジではすぐ磨耗して仕舞うが、日特製は4倍も5倍も、もつのである。日特製は飛び切り上等なニッケルクロームモリブデン鋼である。防弾鋼板が化けたのだから何の不思議もないことであるが。

おかげで米軍からの絶大なる信用を博し、大量の注文を受け、遂には米軍工兵部隊の補給部品製造所となるにいたった。日特正門右手にある建物も米軍が補給部品のサンプルをおくために建てさせられた部屋で、一切の部品を持ち込まれ、磨耗したものは復元し、公差を推定し、材料分析、熱処理温度の推定、硬度分布の測定から一切の製造図面の作成、仕様書の決定まで一切日特の技術者の手で行ない、図面の作成だけでも毎日60人の技術者が約5年間に渉って働いた程尨大(ぼうだい)な仕事をやったものである。

そのでき上がった図面の補給部品の製造は日特が主なる受注者となり、小松や釜石製鉄所まで下請に動員して大量生産を行ったもので製作部の活動で製鋼部はもちろん、他の会社まで活況を呈するにいたったものである。これが昭和26年頃のことであった。

この頃、神奈川県淵野辺にあった小倉製鋼のブルドーザ工場が突然米軍に占領されるという大事件が起こった。ブルドーザの修理に困った米軍は小倉製鋼株式会社の淵野辺工場に目を付けて、修理工場として接収しようとしたが、独自のブルドーザを製造していた工場が接収を拒否したため、突然同工場の幹部以下全員が追い出されることになってしまった。

随分、乱暴な話であるが、占領当時の米軍の軍政下ではこのようなことが時々あったものである。

占領軍の通告で驚いたのは、当の小倉製鋼はもちろんであるが、建設省や農林省が驚いて善後策に乗り出し、当時大量のブルドーザ部品を製造していた日特に話を持ち込み、日特が小倉製鋼のブルドーザ製造権を譲り受け、その代わりに小倉製のブルドーザの部品供給の責任を負いブル本体を製造するように踏み切ったのである。

この製造再開に非常に熱心に活動されたのは現在の日特社長大河原正太郎氏であったことは忘れることのできない歴史である。
ここで現在の技術部長笹原次長、営業部中山次長、一色重車両課長以下多数のブルドーザの専門家が大挙して小倉製鋼から日特に転職し、日特は部品製造からブルドーザ本体の製造に飛びこんだのであった。
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