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土木機械写真貼 別館 |湿地用三角履板の特許紛争と無効審判事件( 昭和41年07月)
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湿地用三角履板の特許紛争と無効審判事件( 昭和41年07月)


図4 1920年の米国特許


写真71 1917年頃のトラクタ

既述の如く昭和28年頃、日特金属工業がまだ大森の日本特殊鋼製作部であった時代に北海道の泥炭地開発用のブルドーザの発明に苦心惨憺して遂に世界的の大発明たる湿地用ブルドーザを発明したものであったが、驚いたことには昭和30年9月には早くも三菱日本重工と小松製作所が模倣を始め、本家本元の日特金より遥かに多量の湿地ブルを生産している始末である。


日特は昭和29年9月、特許を出願し昭和35年3月、公告となり、三菱の異議申し立てで散々妨害されたが昭和37年8月6日、特許登録されたのである。日特は三菱、小松両社に対して法律にもとづいて生産差止通告を行った。

三菱は直ちに河野社長自ら来社して陳謝され損害賠償を支払われたので立派な態度と敬意を払いたい。

所が小松は言を左右にして生産を中止せず、却って無効審判を起してこの特許をつぶそうとかかった。

小松の無効審判請求は1920年頃英国の特許に半装軌車両の懸架装置の発明があり、隅々その履板の形状が三角形であることを昭和35年頃特許庁の資料館から発見して公知であると騒ぎ出したものである。

特許庁の資料館で公開されたものであるから公知であることは事実であるが、半装軌車両が湿地に入れると考える技術者は1人もあるまいし、英国特許には三角形の頂点で歩くとかいてあるので、日特の特許『三角履板が三角形の2辺に相当する面で泥を搗き固めて歩く』というのとは根本的に技術思想を異にするもので目的作用効果が違うから個別のものと解すべきである。

小松と日特の主張は根本から食い違っていて特許庁で争われていた。特許論争としては極めてデリケートな問題であるが、

ともかく湿地ブルを開発したのは日特であり、これを模倣したのが小松であった。真似をするのはお前のを真似する。しかし古い文献には似たものがあることを発見したから公知であると主張するのが小松である。

徳義上このようなことが許されて良いものであろうか。特許法の立法精神はこんな不徳義を許すはずがないと主張するのが日特であった。


昭和39年9月、米国キャタピラー会社が突然清瀬一郎弁護人を代理として『湿地用三角履板の特許を無償で使わせろ、承知しなければ1920年の米国特許に三角履板の論文があるから無効審判を起す』と言ってきた。
三菱と提携して日本でブルドーザを作ろうとしていたキャタピラー会社は三菱から湿地ブルドーザの効果を教えられ日本で湿地ブルを生産したいと考えるようになり、それには日特の特許が邪魔なので、古い文献を調べてこの米国特許を発見したものであった。1920年と言えば無限軌道が発明されて間もない頃で車輪に比較して、不整地やどろんこ道があるけるのがもてはやされた当時である。初めて装軌式トラクターができた当初は写真71に示すように沢山の貨車を連結して牽引し、列車輸送の役割を果たすのが主たる任務であった。
不整地やどろんこ道を走る時は連結された貨車の牽引抵抗が大きいので履板は1枚歯の所謂(いわゆる)グルーザーシューでなければスリップして牽引力が出なかった。所が1本歯のグルーザーシューだと滑らかな道では歯が道路を傷めて仕方がなかった。そこである発明者が良い道路は台形断面のゴム履板で走り、田舎道に来たら金属製のカバーを被むせることを考え出した。台形断面のゴム履板に被むせるのでカバーの形状が三角形となり、図14に示すような着脱式の歯を発明したものであった。

発明者はこれを着脱式の歯と名づけ三角形の頂点の摩擦力で歩くのだと説明している。

これはだれが見ても道路走行用のトラクターであり湿地に入り得る性質のものでないことは明瞭である。装輪車両が湿地に入れると考えるものは1人もあるまい。1920年と言えばスチームエンジンのトラクタが動いていた直後であり米国特許の図面もお粗末なガソリンエンジンが露出しているトラクタである。こんな時代に湿地に入ることなど夢想もしていないはずである。

発明の目的が道路をいためないためのゴム履板にカバーをかけ凸凹道やどろんこ道を走る時に三角の頂点の摩擦力で牽引力を出そうと試みたものであり、日特の湿地用三角履板とは目的、作用、効果が違うことは明瞭であった。

日特は協議の末キャタピラー社の特許権無償譲渡交渉をはね付けた。

果たしてキャタピラー社は日本の特許庁に無効審判を申請しここにはしなくても日米の大特許紛争事件が発生し、キャタピラーの尻馬に乗って三菱も日立も無効審判を要求し、小松も有力な証拠現ると米国特許を証拠に追加し、日特は世界の4大会社を相手に大喧嘩をしなければならないことになった。


この事件について昭和40年12月、特許庁は不可解な理由で無効審決を下したので日特側は直ちに東京高等裁判所に審決取り消しの請求訴訟を起し現在審理中である。ただ面白いことにこの不可解な審決を下した望月宗康審判長は昭和41年1月28日、特許庁汚職事件で逮捕、起訴された容疑者51名、逮捕者31名の筆頭であったことである。
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